ひとりごち

…如月の巻


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2月29日

手巻き
ゼミの手巻きパーティーへ。
先生のお宅訪問。ぐふふ。 
先生と娘(小学生)と奥さん(研究者)と
院生×8と先生もう一人と四年生。   
久々にこんなシュチュエーション。
手巻きのネタを取るのもドキドキです(笑)
いろいろ有益な情報を仕入れられた…のかな?
理系と違って研究室があるわけでもなく、    
なかなか上の人たちと話す機会がないので
貴重でした。   
  
一年後、笑って同じ場にいれたら。
こっそりそんなこと考えてました。

2月28日

黒子
クロコに徹することって難しい。
もっと簡単に徹することはできるのだろうが、 
私には、できない。   
どうしても自分を出したいというエゴ。
自分の場所をとられたという卑しい気持ち。
そんな気持ちが渦巻いて、
鬱屈とした気持ちになる。    
そのあとには自己嫌悪。
   
でも、ほんとにクロコは目立たないのか?
存在をを完全に消し去っているのか?     
    
舞台を闊歩するクロコたちは
黒いペルソナであるが故に
彼らの動きそのものがひきたつのだ。
そう、今日の私もそうありたかったのだ。きっと。

2月21日

幸福って?
しあわせですかって聞いてみた。
別に理由はないんだけど、なんとなく。 
        
なんか塞ぎこんでしまっている自分。
何でだろうと考えると、    
何かからっぽ。     
何がからっぽ?何が足りない?そう考えてたら、    
自分は幸せなのかと考え始めてしまった。
しあわせじゃないなんて、そんなことはない。
でも、何かが足りなくて、それを探し続けてる。
    
自分は幸せだと思っていても、ホントは違うんじゃない?
そう思って、人に尋ねたのかもしれない。
誰かにしあわせのカタチを教えてもらおうとしたのかもしれない。
      
でもほんとうは
私が一番知っている。
自分が欲長けた人間だということを。
自分の幸せを疑う、悲しい人間だということを。

2月19日

梅の花
最近ゆっくり星を見に行ってない。
      
今日、講義のあと外に出ると梅が咲いていた。
   
二年前の冬、     
もう少しほころんだ梅の花をカメラに収めた。    
カメラを担いで屋上に上り、
一人星を眺めた。
その時見下ろした梅の花
街灯に照らされた青白い花は
寒々として、涙させた。     
   
北に広がるのっぱらに
双子が沈むのを眺めながら、
冷たい春の訪れを知った。
   
また、登ろう。
星を愛でに。
梅を愛でに。

2月18日

少しだけ、涙。
昔から自分の日記を読み返す癖がある。
半年に一回くらい。        
とりあえず四年分とか見てみる。           
昔の思い出って、どんどん自分の記憶の中で上書きされている。
自分の知らないうちに。
自分の都合のいいように。
それが人間の本能だとしても
それが許せない。
だから一文字一文字したためる。
念がこもっているから、よみがえる。
あのときの高ぶり、苦しみ
読み返すことで、過去を踏み台にできればいいのだけれど。

2月16日

泡盛。
泡盛っていう名前はなんか官能的な気がする。
なんでだろ。        
とりあえず、ひとくちふくむ。           
甘味とともに舌先が痺れていく感じがたまらない。
そんな甘い痺れをまとった熱が
喉元を落ちていく。
そして高まっていく動悸。
やっぱり
泡盛は官能的だ。うんうん。
  
そんな心沸き立つ飲み物を
共に楽しんでくれる人がいたら楽しいのに、とも思ったけれど、
すっかりいい気持ちの私を、そっと見守ってくれる人には負ける。
  
泡盛を飲みながら、ちょっと思った。

2月13日

感傷おまり。
さして感傷的ではない私が
感傷に浸る時がある。
それは歌を口ずさむとき。        
           
口ずさめる歌、
それは何かを背負って私の中に残っているものたち。
今日は尾崎、昨日はミスチル、その前Misia。
ワンフレーズごとに思い出す何かがあって、
思わずリピート。
甘かったり、苦かったり、
思い出とともに愛し続けるのだと思う。            
其の歌を。
    
思い出と共に葬るのはやめておこう。
いつか新たな思い出が上書きされるかもしれないから。

2月11日

ちぢこまって。
キィボードの前に坐るとろくなことないって。
どうしようもない波乗りばかりで。
   
誰かが私の砂浜に遺したカゲを        
むやみに追ってみようとする。
…でも
絶え間なく打ち寄せる波が
消していく。
そのカゲ、そのアト。    
       
でも波が来るから救われる。
ほんとは
だぁれも訪れはしないのだから。

2月10日

呪縛
こんなにしばられているのは私だけなのだろうか。
だれもこんなに苦しまないのだろうか。
       
癒えない傷はないはずだけれど、
私の傷も癒えているはずだけれど、    
やっぱり痛い。
笑って傷を見せ合っていても、
心のどこかで泣いてる。
   
私が弱いだけなのだろうか。
あなたにもきっと傷があるはずだと
信じ続けるおろかな私。

2月9日

しり筋。
スキーすべりまくりにつき、
大臀筋筋肉痛の刑に処せられるかと思いましたが、
免れました。
     
わたしのしり筋は、ほんっとにどうしようもないです。
もうすこし鍛えてあげたい。

2月8日

投石魔
一年に二回くらいやってくる、
それが投石魔。
    
またわたしの窓にひびを入れにきたの。    
だから、負けない。
もう強化ガラスにしたから。
    
でもね、どこかで投げてほしい。
石つぶてがないのも、悲しすぎるから。

2月1日

キサラギ。
キサラギという言葉にはなにか鋭利なものが潜んでいる。
ひやっとつめたく、
薄くてよく切れる刃を持つような。
    
身を切るような寒風吹きすさぶ中にたたずんでいると、
どうしようもない孤独に落ち込んだような気がして、
這い上がれないような気がして、
苦しくなる。
   
どんなに近づいても一人。
   
芽吹きに向かって耐える、
身を切る刃が、自分を助ける刃となると信じよう。