ひとりごち

…卯月の巻


もどる。

4月30日

お米を食べて、一考。
こないだ買ったお米の話。
安いからいいかな〜と思って買ったのだけれど、我慢ができない。
いつも結構おいしいお米ばかりを口にしてきたんだなぁ、と今更実感。
米余りの時代だから、古いお米などなかなか売れるもんではないだろう。
だから、こんなお買い得価格で&ブレンドで売っているんだろうけど。
そりゃ、同じ炊き方をすれば、新米に比べて味は落ちるだろうけど、
古米やB級ものだって一工夫すればおいしくなるはず。
「我慢ができない」とはいったものの、
ちょっと、自分のスタンスにも反省。
とりあえず、たけのこご飯にしてみよう。

4月29日

日記
最近またつけ始めた日記をかくついでに
昔の日記を読んでみた。
基本的に、私は日記に何でもかんでも書く。
後から読む事を想定した上で、ありとあらゆる事を書きまくる。
だから、
ちょっと読むと、新鮮な気持ちや迷いなんかをなぞったりもできる。
なのに、同じ間違いばかりの私。
学習しない、私。

4月28日

今日は何日。
ろくに人と言葉も交わさず、
一人ぼーっと買い物して、
ぼーっと料理して、
ぼーっと食べて、寝て。
その繰り返し。  
   
繰り返すほどに、この部屋だけが切り離されて
浮遊しているような感覚が増していく。
  
それを現実にひき戻すのは、
深夜、壁越しに聞こえる、
隣のオンナのコの寒々とした咳ぐらいだろうか。
   
そんな、のしの付いた洗剤をくれただけの隣人、
その咳にさえ、暖かさを見出そうとしている
冷えきった私である。

4月27日

わかんないから。
そうして少しずつ、少しずつ、ずれていく。
今はまだ気付かないかもしれない。
変わってないとはいうけれど、
変わらないはずなど、ない。
  
   
もしかすると、私が変わっていっているのかもしれない。
  
よく、わからない。
  
振り回されるのは、大変。
でも、振り回されなければ、悲しい。

4月25日

ギャップ
ギャップがあるのはいい。
それも味わい深いもの。
でも、それはギャップを埋めるだけのドリョクがあってこそ。
ギャップなど、苦悩を増幅させるだけなのだ。
どれだけお互いドリョクしたのか。
それともしていなかったのか。
・・・正念場。

4月22日

洗濯してました。
洗濯してました。
久々に早起きして、布団干して。
シンクにたまった食器を一つ一つ洗って。
服たたんだり、サンダル出したり。
何か動いてないと落ち着かない。
こうしてグーたらスイッチを一個一個offにして
しゃっきりスイッチをonにしていく。
今度はしゃっきりを自分で保たないといけない。
だれも助けてくれないし、
だれもお小言言ってくれないし。

4月21日

実感
そんなもん、わかね〜よ。 
湧いてたまるか!!
予想していたけど、
予想以上に苦しかった。
…これがわたしにとっての実感。

4月20日

アボカドとビール
高カロリーだろうが、好きだ。
そんな組み合わせを忌みつつも、
嫌いになれない姉妹がここに。
ビールを飲み比べながら、
ししゃもをかじったり。
こういう姉妹関係、嫌いじゃない。
好きだ。
   
今までの疎遠を、少し悔やんだ。

4月15日

前進の毎日
毎日前進! 
進んでは戻り、進んでは戻りを繰り返しても、
一ミリでもいいから前に進みたい。
「今日は一つ、新しいこと知ったな」って
そういう実感がほしい。

4月13日

涙を欲する目玉。
今日は十時間近く、ディスプレイに向かっている。
さすがに辛い。
メビウスという名の私の愛器は、
延々と続くネットの虚無の中に私を引きずり込む。
いともたやすく。
私はホームセンターで晒されているハムスターのように、
ネットという走り車の中で走り続ける。 
メビウス。
このはしりぐるまのなかで、 
溢れたこともあったかもしれない涙も、 
今では枯れ果て、ドライアイ。
メビウスの虚無を前にして、
私の心は少しずつ動きを止めるのだ。

4月12日

立ち止まる人種。
どうやら、私と彼女は立ち止まり易い人種のようだ。
久々に会って卓を共にし、
そう思ったのだ。
大学4年、来るところまで来てしまったという焦りとは裏腹に、
互いに迷い続けている。  
流れに逆らうほどのパワーは持ち合わせていない。
でも、流れに身を任せることに、
一抹の不安を感じずにはいられないのだ。      
4年前も、そうかもしれない。  
私たちは何もかわらずに、また岐路にいる。
変わりたいと、変わらなきゃと、
ひたすら唱えながら。

4月11日

立ち位置
いつも考える、立ち位置。
右か、左か、後ろか、前か。
近さは?歩幅は?
今日はもう少し寄ってみたい。
  
とおか分だけ、近くてもいいでしょう??
      
でも、近さと重さは正比例。  
そんなこと感じてもいないだろう人の隣で、
私はまた、悩んだ。

4月10日

足尾
新歓の観望に行く。
私には、思い出深い場所、足尾。
右にも左にも光を従えて、  
吹き抜ける風の中に立つとき、
あなたならば何を思うだろう。
私は何を思う?
星さえも掴むことができそうなこの山で、
私は何を掴みとったのだろう。

4月7日

きのう、12の私に触れる
久々にヘッセの文に触れた。
「少年の日の思い出」の一節
邦訳が秀逸だから、12,3才でも入りやすいのだと。
訳者は高橋健二だっただろうか。
  
ヘッセに触れた12の私は
少し大人になったような気持ちで、
背伸びをし始めた
15の私はヘッセの詩集をいつもかかえていた。
  
あの詩集はどこへやっただろう。
そして、私に手を差し伸べてくれる人は現れたのだろうか。

4月6日

月は昔から好きな天体だった。
白い光、黄色い光、朱の光。
部屋の明かりを消して
窓をあけ広げて
ひやりとした夜気に洗われながら眺める月は
いつも静かで
私ひとりを見つめているような
そんな錯覚さえ覚える
  
満ちる
欠ける
  
その表情がいとおしい
その表情が私を月に
あなたに
向かせるのかもしれない

4月5日

いろいろ考えた。
教職の授業を受けている。
今日一日で考えたこと。
私は差別問題とかの研究の方があってたかも
→やっぱり就職したほうが…→教採受けようかな…
→社会科にしとけばよかったかな→教育研にしようかな
→言語学はやっぱりおもしろいかもしんない。
…とりあえず、そこに行き着いてよかった(笑)

4月4日

狭い部屋
いま、部屋がせまい。 
ものがありすぎる。
そして・・・ぐちゃぐちゃ。
でも、片付ける気力もないし、暇もなし。
なんか、それなりにほっとする空間になってしまっている。
シェルター化への第一歩。

4月3日

お花見。
今年三回目。
でもお酒をたくさんのんでいい気分になったのは、初めて。
最近みんなで飲む機会があまりないから、なんか楽しい。
人がいっぱいいる集団なんだから、わいわい騒げるのはやっぱりいい。
人を集めたり、なにかしようとするには元気がいるけど、
がんばった分だけやっぱり楽しい。
そんなこと思ったり。

4月2日

・・・。
大変だって、頼ってくれればうれしいのに・・・。

4月1日

桜。
新年度。
    
新年度スタートにふさわしい晴天&満開の桜。
躍る心のどこかで、
いずれ散っていくであろう、桜の汚い散り様を思った。
今日散っていく花たちは、
満開の桜の母樹を背に、美しく散り逝くことができる。
けれども機を逸してしまえば最後、
悪し様にされるのみ。
美しさなど、忘れ去られてしまう。
     
今を盛りとばかりに咲く桜のように、
己の盛りを逸せずに活きたい。
後悔は、したくない。